Le Panthéon:パンテオン

ソルボンヌ大学など名門校が建ち並ぶパリ5区カルチエ・ラタンを歩いていて、突然ギリシャのパルテノン神殿のような建物が現れたら、それはフランスの偉人たちが眠るパンテオンである。

パンテオンとは、キュリー夫妻、ヴォルテール、ユーゴーなど、フランスに功績のあった文化人の棺が置かれている霊廟で、70人以上が眠る場所。文化大国フランスを象徴している貴重な施設であるが、私たち一般人も訪れることができる。

パンテオン

新古典様式で、18世紀末の建築傑作ともいわれ、250年以上の長きにわたってフランスに功績のある人々を祀るモニュメントになっている。
てっぺんにある均整のとれたドームも美しく、別角度から写真に収めても絵になる。

パンテオン

アクセス:RER B線/地下鉄 リュクサンブール駅から徒歩4分
入館料:8,5ユーロ

神殿内部の内装も、神々しく、素晴らしい芸術といっていい。
キリスト教文化と共和主義精神を調和させ、彫刻、壁画、アーチなどはさすが。霊廟らしく、静かでひんやりした空間。騒々しいパリのなかで、静謐で文化的な時間を欲したら、ここへ来るといいだろう。

パンテオンパンテオン

奥へ行くと、クリプト(地下埋葬所)があり、回廊が分かれ、お目当ての偉人を探さねばならない。
廊下にプレートやパネルがあったりして、割とわかりやすくなっているのだが、70人以上といいうから、すぐに見つかるかどうか。

さて、先ほどのキュリー夫妻、ヴォルテール、ユーゴー以外の偉人名を一部ご紹介する。
ジャン=ジャック・ルソー、デカルト、モネ、アレクサンドル・デュマ、エミール・ゾラ etc…

フランス文豪の部屋

デュマパネル

フランスで偉人の墓所といえば、ペール・ラシェーズ墓地を筆頭に、モンパルナス墓地、モンマルトル墓地の三大墓地があり、そちらのほうが観光地としては有名だ。
このパンテオンに眠る人の中には、それらの墓地から移送された人もいる。フランス大衆文学で数々の傑作を生みだしたアレクサンドル・デュマとエミール・ゾラがそうだった。

調べていると、デュマは2002年にモンマルトルからここに移されたとも、生まれ故郷の両親が眠る墓地の隣からここへ移されたともあった。ペール・ラシェーズ墓地という話も。いまだにどれが本当かよくわからない。
旅行当時、ガイドブックにはモンマルトルのままだったから、あやうくモンマルトルに参ろうかと計画していたら、あるブログで移送されたことを知る。
モンマルトルには息子のデュマ・フィスが今も埋葬されており、「アレクサンドル・デュマ」までは同じ名なので、ガイドブックもそのあたりを混同している気がする。本当はどちらだったのか……。

デュマとゾラは2002年にパンテオンに移され、現在は、同時代を生きた『レ・ミゼラブル』の著者ヴィクトル・ユーゴーと同部屋で仲良く眠っている。右から、ゾラ(写真映らず)、真ん中にデュマ、そして左側にユーゴー。

デュマ、ユーゴー、ゾラの棺

デュマ、ユーゴー、ゾラの棺

まさに文豪の部屋。フランス文学ファンとしては、ここに立って棺を見ているだけで言葉にならない思いがこみ上げてくる。

“三銃士の生みの親”デュマの再埋葬エピソード

墓碑

写真は部屋外にある壁の碑。上がヴィクトル・ユゴー。その下にアレクサンドル・デュマの名が刻まれている。“1802-” なんと同じ年の生まれ。ユーゴーのほうが15年長生きしている。
入った時代が違うからか、彫りが違う。

実は、デュマがここに入ったエピソードは感慨深いものがある。
『三銃士』『モンテクリスト伯』など、大衆小説家として抜きんでていた彼だが、黒人の血が入ったクォーターだったため、出自の問題からパンテオンに入れてもらえなかった。
ところが、シラク大統領がデュマのファンであったこともあり、2002年、生誕200年の年にパンテオンに再埋葬となった。「今日、フランスは天才に敬意を表するだけでなく、不正を償う」とか言ったそうで。

デュマは、パンテオンに埋葬された小説家として6人目にあたる。

デュマの棺

デュマの棺

実際にパンテオンに行ったとき、たまたまなのか、シラク大統領とデュマの棺をかつぐ兵士たちの映像がスクリーンに映されていた。

国に貢献した偉人たちを安置するに相応しい施設を造り、管理している姿勢を見ても、この国の文化水準の高さをうかがい知ることができる。
ここはフランスが歩んできた歴史を振り返ることが出来る素晴らしい場所だ。

『三銃士』の挿絵の葉書

『三銃士』の挿絵の葉書 Gravure de Maurice Leloir 1853-1940 Coll. de la Societe des Amis d’A. Dumas

フランスは芸術の国、パリは芸術の都。

それは間違いない。

デュマの芸術的な作品を、さらに多くの芸術家が華を添えているのだから。
彼らは挿絵を描き、銅像を彫り、芸術的なお墓にお迎えして、こうして人々を招いている。彼の作品を盛りたてている。きっとフランスという国がある限り、続けてくれるはずだ。

私はそこに感動する。

>>アレクサンドル・デュマ【1】貴族と黒人奴隷の血を秘めて

>>アレクサンドル・デュマ【2】小説工場とシャトー・モンテクリスト