千年続く巡礼路

世界中に巡礼道があるが、ここ日本にも、時代は変わっても、聖なる道の存在が消えることはないのだと思わせる場所がある。和歌山県紀伊山地にある世界遺産「熊野古道」だ。

熊野

「熊野古道」は平安時代に盛んだった日本の巡礼の道。世界遺産は、正式には「紀伊山地の霊場と参詣道(きいさんちのれいじょうとさんけいみち)」(英語:Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range)という名なのだが、あまり馴染みがないので、ここでは「熊野古道」と呼ぶ。

External Link >> 熊野本宮観光協会

昨年2014年は世界遺産の登録からちょうど10周年だった。
人種を問わず外国人の訪れも多いというが、電車も通っていないような山奥で、最低一泊は必要なほどの立地。それでも、本宮(ほんぐう)近くには渡瀬温泉、川湯温泉などがあり、辺鄙な場所でありながらも、外国の方にとっては日本の素敵な田舎を感じさせてくれる場所なのかもしれない。
あるいは、巡礼マニアか何かで、熱心なカトリック教徒であるがゆえに、遠く日本の巡礼路に興味を持ったのかもしれないが。

ヨーロッパ三大巡礼地

熊野古道の“ちょっとだけ巡礼気分”を味わえるコースを紹介したくて記事を書いているのだが、その前に西洋の巡礼話を挟みたい。

海外の巡礼路として有名なのは、「ヨーロッパ三大巡礼地」で知られるローマ(バチカン)、イェルサレム、スペインのサンディアゴがある。これにフランスのルルドを入れることもあるようだ。

ローマ

バチカンは昔からローマ法王が統治する世界最小国家として知られている。その名の通り、そこはローマ・カトリック教会の聖地として知らぬ人はいないと思われる。カトリック教会の中心地となった元々の理由は、この場所で聖ペトロが殉教したという伝承があったためとも言われている。
サンディアゴもそうだが、聖人が殉じた地であったり、墓があったりすると、そこに聖堂を建て、神に身を捧げた尊い偉業などを思いながらお参りするということがキリスト教徒的な行いのようである。
しかしながら、ローマやバチカンでは非キリスト教徒による観光目的の人が多いので、純粋なる聖地信仰として訪れている人の割合はそれほどでもないだろう。

イェルサレム

聖書の地、イエス・キリストがいた場所であるので、宗派を超えてキリスト教徒が訪れている。
中世では、ヨーロッパから聖地イェルサレムへ巡礼に向かう人がいたが、中にはお金持ちの子弟が一団を引き連れて行ったりしていた。巡礼の途上で追いはぎや強盗が絶えなかったので、当時はまさに命がけだった。逆に罪を犯した人が贖罪としてわざわざ危険な聖地巡礼を選んだとも言われている。いわゆる苦行のひとつなのだろう。
また、十字軍がイスラム教徒から聖地を奪還しようと遠征したことでも有名。
やはり特別な場所に違いない。

サンディアゴ

キリスト教12使徒の一人聖ヤコブ(スペイン語名サンティアゴ)の墓が9世紀にスペイン北西部サンティアゴ・デ・コンポステーラで発見されて以来、ヨーロッパ各地から年間50万人もの人が徒歩や馬車でピレネー山脈を越え、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指したと言われている。
「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」は、1998年、和歌山県庁とスペインのガリシア州政府が、「人類遺産、文化遺産であるこれらの巡礼道に共通の価値を見出し、未来におけるその意義を追求する」という目的で「姉妹道協定」を結んでいる。
現在も、フランスからピレネー山脈を越えるいくつかの巡礼路を実際に辿って聖地を目指す人もいる。それは、四国八十八か所巡りに似ている。

ルルド

“ルルドの泉”で有名で、病気に悩むローマ・カトリックの信者が切実な祈りを捧げに行くところ。
かの地の泉の水を飲んだら奇跡が起きた…という逸話がある。聖水を求める重症者もいて、ミーハー気分で行くべきところではないようだ。
ローマ・カトリック教徒以外のクリスチャンは行かないとのこと。

熊野本宮大社の神の領域入口「発心門王子」から歩く

さて、本題の世界遺産・熊野古道を歩く話へ。
平安貴族が「人生甦りの地」として山々を歩いた巡礼の道。今でいう「パワースポット」であり、崇敬の念をもって人々が行脚した。その中心地が熊野本宮大社。海外の巡礼同様、本来、数時間のハイキングでは終わらない。
が、登山感覚にはなれないけれど、せっかくだから数時間歩いて、山から熊野本宮に入り、その達成感を味わいたいと思っている方も多い。そういう場合は、なかでも道が整備されている王道ルート「発心門王子(ほっしんもんおうじ)~本宮」がオススメ。
実は、発心門から熊野の神域なのだ。

熊野へのルートはいろいろある。

  • 紀伊田辺駅からバス
  • 白浜からバス
  • 奈良・十津川温泉方面からバス
  • 伊勢方面から…(こちらは省略)

紀伊田辺駅紀伊田辺駅の隣には、観光センターがあり、ボランティアの方がルート選択の相談にものってくださった。私の要望は「熊野古道を歩いて、熊野本宮大社へ到着することを目的としている。といっても、せいぜい一泊しか時間がとれず、ツライ山登りはイヤ。ウォーキングは数時間でいい」と言いたい放題。
最初は割と平坦な道を90分歩くというチョロイ難度の「プリンセスコース」を勧められたのだが、それは途中バスで降り、歩いて、またバスに乗って熊野本宮に行くというものだったため、選択しなかった。

「歩いてゴールしたいんですよ」というと、「それなら発心門王子(ほっしんもんおうじ)からのルートがいいんちゃう? 整備されているし、ゆっくり歩いて3時間コースよ」とのこと。

熊野は紀伊山地の山の中。アクセスは車かバスしかない。
ゆえに、バスも1日数本なので、事前の下調べが必要。

と、その前に紀伊田辺に着くまでに大阪からバスで3時間もかかった。
とりあえずその夜は8時に寝て、早起きして紀伊田辺駅から朝6時半ころの出発にした。張り切ってバスに乗ると、ほぼ貸し切り状態。
バスの運転手さんは「遠いで。。2時間あまり風景も変わらんしね。オススメのルート? やっぱり、発心門王子がいいやろね」と。
整備されているというのは、トイレがあり、休憩所があるということだろう。
ほかは本当の山登りだったり、だれにも会わずに数時間山登りというコースもあるのだ。
「若い子の一人熊野詣でもたまに聞くし、外国人も多いね。西洋人とかかなぁ」とのこと。やはり世界遺産に登録されたことが大きいらしい。

バス

車中2時間、ひたすら山道。田舎道。
「ねぇ、運転手さん、本当に平安時代に貴族がここを歩いたんでしょうか?」
「ホンマらしいで。中には数十回行った人とか」
「ハハーン、やっぱり仕事しなくていい人しかありえませんね。畑どうするの?みたいなのはないわけだ」
「貴族やから」

発心門王子に到着。ここから歩きでいざ熊野詣で。

発心門王子発心門王子

九十九王子と木の根が地面を這う古道

発心門王子のほかに、そこから見えるあまりの景色の美しさと神々しさに思わず伏し拝んだ伏拝王子(ふしおがみおうじ)、水吞王子(みずのみおうじ)など、そこかしこで「王子様」だらけ。
「王子、王子って、何なんだ?」と思うかもしれないが、当然ながら王子様はいない。
「熊野九十九王子」と呼ばれ、京都から熊野三山に至るまでの途次に先達をつとめた熊野修験の手で組織された一群の神社を指す。九十九は実数ではなく、数が多いことを言う。
信仰の道は、難道であったわけだ。

熊野熊野

ありがたいことに、発心門王子から熊野本宮大社までのルートは、とても歩きやすく、割となだらかであるため、初心者でも楽しめる2時間半から3時間のウォーキングコースとなっている。

もっと山の道を歩いた人によると、寂しすぎて心が折れそうになるとか。昔は行き倒れもいたそうだ。

熊野途中、看板も出ているが、「ちょっと寄り道展望台」があり、そこから大斎原(おおゆのはら)の大鳥居がはるか彼方に見える。ここがまさにハイライト!
大斎原は、本宮から5分ほどのところにある旧社地で、現本宮の地は移転した場所であり、もともとは鳥居のあったところに社があった。

熊野

熊野本宮大社の本殿

下山し、いよいよ熊野本宮大社の本殿へ。

熊野本宮大社熊野本宮大社

当時、熊野古道で列をなして連なる参詣の様子を「蟻の熊野詣で」と称した。
一方、スペインやフランスでは、天の川のことを「聖ヤコブの道」と呼んでいて、星の数ほどの巡礼者たちが、サンティアゴ・デ・コンポステーラに向かう姿をそう形容した。
畑を耕すしかない人よりも、持てる者がその悩みを胸に巡礼している姿を想像する。後者は考えることが多すぎるのかもしれない。