八雲立つ出雲の国は神の国、神話の国

「出雲の神々の海岸線」…と勝手に呼ぶが、そこは“神在月に神々が上がってくる海岸” 稲佐の浜 (いなさのはま) をはじめとする日本神話の舞台にもなっている場所だ。
山陰ならではの景色が広がっているし、ましてや、神話の舞台となっている場所ならば、その雰囲気を感じるだけでも価値があるに違いない。けれども、車を持たぬ者にとっては、バス利用するなどしないと行けそうにない不便なところでもある。

日本海

今回は所要時間9時間という限られた中で足早に回る旅行であった。だから、以前から興味のあった“国譲りのときの談判場”である海岸付近には行けそうにないと判断して諦めていた。
そのほか、日御碕灯台 (ひのみさきとうだい) 、出雲の阿国ゆかりの地などにも足を延ばしたかったのだが…そんなことをあれこれ残念がって参道を歩いているときに、観光タクシーのおじさんに声を掛けられた。

「オネエサン、古代出雲歴史博物館の割引券あるよ。行くんだったらあげる」
「おぉ、ありがたや。行く予定ですわ」
から始まって、早々に「乗っていかないか?」と。「タクシーでいいところ全部回ってあげるよ」の申し出にインスピレーションで「乗っていい」と判断し利用することにした。

神話ゆかりの地へ
緑綬褒章を受けた人にエスコートされる

杉原さん

タクシー運転手杉原さん。慌てて写真を撮ったらピンボケになり、ごめんなさい。

出雲にお住いのタクシー運転手・杉原さんと午前中3時間のドライブ。
紹介しておくと、実は彼、2015年春の褒章受章者として天皇陛下の前に進み出たという凄い人だった。出雲大社の前を25年以上掃き掃除し続けたという社会奉仕活動を認められ、島根県から緑綬褒章に選ばれ、5月に東京へ行ってきたばかりなのだとか。聞いて「ウエ~ッ」と叫んだ。

杉原さん

「世の中、面白いこともあるもんですなぁ。天野川さんも、家の前をず~っと掃き掃除していたら、選ばれて天皇陛下にお会いできるかもしれません」
「いやいや、無理と思いますよ。出雲大社の前を掃き掃除していたのが決め手だったのでは?」
「そうかもしれませんなぁ」
「天皇陛下からお声を掛けられましたか?」
「いいえ。私ではなく、となりの女の子に話しかけられてまして、その子はもう飛び上がって喜んでいましたわ」
「そうでしょう、そうでしょう」

ちなみに、「出雲【2】」で出てくる日本一の国旗の話、「一月一日」の唱歌の話を教えてくれたのは杉原さんである。

出雲の阿国の墓に参る

出雲の阿国は歌舞伎の始祖として有名。
出雲大社の鍛冶職中村三右衛門の娘で、出雲大社の巫女であったと言われている。阿国は出雲大社勧進(かんじん:社の修理費を人々の寄付によってまかなう)のため、諸国巡業の際、男装して最新のファッションで才能あふれる踊りを披露して有名になった。ここ出雲だけではなく、京都四条大橋近くにもそのときの姿を模した像が立っている。

出雲の阿国の墓出雲の阿国の墓

阿国の墓の前に着くと、「二拝四拍手一礼してください」と言われる。「阿国は神様になりましたので、柏手を打つんですよ」とのこと。だから榊が供えられているというのだ。ここの墓を見ると、榊が供えられているものが多い。
線香台がある墓は仏式。ないものは神式。そういうふうに見分けるのだと教わった。

稲佐の浜(いなさのはま)

稲佐の浜では、旧暦10月10日に全国の神々が出雲の国へ集まると言われている。通常、10月は神無月(かんなづき)というが、出雲では「神在月(かみありづき)」と呼んでいる。八百万の神様は全員出雲に赴く。したがって、その他のところは神はいないことになる。

その日、神々を迎える神迎神事が夜7時に斎行される。稲佐の浜で迎えた神々は、神迎えの道を通って大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)のもとへと移る。その後、神々はさまざまな事柄について神議するといわれている。

神迎の道

出雲地図

稲佐の浜付近。拡大するときは、クリックを。

「見える人は、神様が海から上がって来られる姿が見えるらしいですよ。私には見えませんけど。ぜひ神迎祭を見ていただきたいです」と杉原さん。

式年遷宮もそうであるが、神道行事では、重要な儀式を夜に行うことも多いようだ。夜がよくないようなことを言うのは、仏教の「丑三つ時」とか「百鬼夜行」のような幽霊発想から来ているとも聞いたことがある。

稲佐の浜

稲佐の浜

稲佐の浜_弁天島

弁天島

「ここが有名な国譲りのときの始まりの舞台なのか…」そう思ってぼんやり眺めた。
国譲りの交渉のため、高天原より建御雷神(たけみかづちのかみ)が降り立ったという場所。そしてここで談判するのだ。
いろいろあったけれど、和議となって、大国主大神は退き、見えない世界を司るため出雲大社に永遠に鎮まることになったのだった。

稲佐の浜から海岸線を北上した。

出雲神々の海岸線出雲神々の海岸線

出雲神々の海岸線

つぶて岩

つぶて岩

つぶて岩は、国譲りの談判の中で、タケミナカタと建御雷神の力比べで、2柱の神が海に向かって投げた岩が重なってできたといわれている。

日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)

徳川家光の命により造営された朱塗りの権現造りの社。

日御碕神社

日御碕神社

日御碕神社

日御碕神社とても古い神社で、千家国麿さんに嫁いだ高円宮典子さまもここに参詣された。千家家ともゆかりが深く、親戚でもあるとか。
神の宮に素盞嗚尊(すさのおのみこと)、日沈宮に天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀っており、二つの宮で日御碕神社なのである。

ところでこの日御碕の海底に神殿が沈んでいるのをご存じだろうか?
日御碕神社は夕日の神様、朝日の神様は伊勢神宮で、対の神社なのだ。近くの経島(ふみしま)で行われている夕日の神事があるのだが、昔から日御碕神社の宮司しかはいれない聖域で、昔は経島の沖にある「タイワ」で行われていた。これは2500年続いているのだとか。
日御碕灯台よりも北側のあたりの海に潜ってみると遺跡があり、階段やら祭祀跡などが沈んでいる。

地形の変化によって海の中に消えたものだろうか。
ここ以外にも、神話などがある古い神社の近くの海岸には、そういったものが眠っているのかもしれない。

出雲日御碕灯台

日御碕灯台は、石積みの灯台としては日本一の高さを誇っている。海抜日本一ともあるので、とにかく一番高い灯台らしい。

日御碕灯台日御碕灯台入場料200円を払って、てっぺんへと昇る。海抜日本一を侮ってはならない。上っても、上っても、なかなか辿りつかないのだ。いい加減太ももがオカシクなってきたころに到着した。

日御碕灯台からの眺め

こんな高いところから入江やら海岸線を見たことがなかったので、絶景すぎて、目がくらんだ。人間が粟粒にしか見えない。水面から灯火まで63メートル!地上からは39メートル!吹きっさらし状態で下を見ると、高所恐怖症でなくとも軽くクラッとする。

ここでも高さナンバーワンにこだわった現代建築を見た。どう考えても、出雲には巨大信仰があるに違いない。日御碕灯台からの眺め日御碕灯台からの眺め日御碕灯台からの眺め

さて、出雲に来て「何を食べたらいいですか?」と杉原さんに聞くと、「日御碕なら、海のもんでしょ、やっぱり」と。

日御碕灯台の駐車場から灯台までの間に「海の味通り」という食事処が並ぶ通りがあった。そこの柿谷商店で海鮮丼を注文。

海鮮丼

素晴らしいネタだったけれど、ごはんが炊き立てアツアツすぎて、刺身がちょっと煮えていたのが残念であった。。
付け合わせも、鯛のあら汁も美味しかったし、海の幸は満喫できた。

満足の3時間だった。出雲大社正門前で杉原さんとお別れした。

地元民・杉原さんの解説がなければ、今回の出雲雑感は全く別のものになっただろう。

正門

実は「出雲大社」は「いづもおおやしろ」と読むのだと、杉原さんからごっそりいただいたパンフレットによって知った。ほかのガイドマップでもルビは「おおやしろ」となっている。

とにかく“大きな社”だということなのか…。「大社(たいしゃ)」という神宮の次に神社の格付けが高い「二番目」という意味とは別の意図を感じた。「二番目じゃないよ、一番大きい社なんだよ」そう言っているように見えた。
ここ出雲の内なる主張を少しばかり受け取れたように思う。

>>出雲【1】国譲りは和のこころ

>>出雲【2】出雲大社で感じる巨大信仰

>>出雲【3】古代出雲歴史博物館で感じる巨大信仰