中世の貴族に恋愛結婚は許されない

西洋では中世に限らず、ほんの少し前まで自由な結婚はほとんど存在しなかった。特に貴族の世界では結婚こそが血のパイプである。もっとも大きな話でいえば国同士の関係さえもが決定づけられるのが婚姻。
そんなわけだから、愛のない夫婦も当たり前のようにしてあった。それどころか嫡子を産めば、あとはご自由にとばかりに妻の浮気も普通であったらしい。このあたりは女性に貞節を求める日本とは大きく違うようだが……。

西洋では、建前をきちんと使い分けていたことになる。

イギリスやフランス貴族の物語には、そうした描写がたくさんあるので、目にした人はなんとなく「そうかな」と思われていただろう。
例えば、アレクサンドル・デュマの『三銃士』では、ルイ13世の妻、王妃アンヌ・ドートリッシュが愛人の英国人貴族と愛を交わし、その証拠を宰相リシリューによって暴かれる危険を阻止するために、銃士隊が活躍する話だ。「王妃を守る!」とはカッコイイが、その実、浮気がばれないように奔走する話でもあるのだ。

そんな愛のない結婚が当たり前だからといって、結婚式で初めて見た結婚相手に恋をしないとは限らない。また、相手を猛烈に愛したからといって、愛のある夫婦になれるかというと、それもその限りではない。
今回は、そんなある政略結婚の話を私が知りえた内容のまま記そうと思う。

物語

古城結婚相手選び

どこの国かは知らないが、湖のほとりに建つ美しい城があった。
そこに住まう、あるお姫様がいた。青い瞳、ほっそりした体に豊かなブロンドが波打つ様は、間違いなく男性をうっとりさせるほどの美貌だった。
彼女は普通のおしとやかな姫君とは違っていた。理由は、その立場にある。立派な城で、王たる父と、従順な母と、そして女子である自分がそこの主であった。ほかにはいない。
つまり、城を受け継ぐべき男子がいなかったのだ。

しかも、王は心臓が悪く、無理がきかない。それゆえ、たったひとりの子である姫が何年も前から父の名代となり、政務を補佐し、男のなりをして馬にまたがって、「我こそは王族なり」と領地を駆け巡らねばならなかった。

その日も、剣を腰にさして、ここの王族を示す鮮やかなブルーのマントを翻しながら騎乗の人となった。家臣を連れて日課の見回りを終え、城に帰還したところだった。
ドレスに着替えて自室にいると、王がやってきた。
「お前の結婚相手が決まったぞ。地中海の○○国の第四王子だ。健康で賢く、この国の王になるのに相応しい男だと聞く。結婚は整い次第だ。わかっていると思うが……」

影絵姫は黙ってうなずいた。否やはもちろんない。結婚とは自分の意思とは無関係であるからだ。

ただし、気にかかることがひとつだけあった。それは、相手が無能で、この国をめちゃくちゃにしかねない男だったとしたら……という仮説である。

気持ち悪い変態なら我慢するしかない。だが、とんでもない馬鹿や、財を使い果たすような者だったら、どうしよう。
そうしたら、そのときは、そのときは……刺し殺すくらいのことはしなければならないかもしれない。いや、病気を装って毒殺か……

姫は気鬱だった。結婚自体が恐怖だった。できれば結婚などしたくはない。でも、それは望むべくもないこと。自分の存在の意味は、この国のために生きることだから。何としても男子を生まねばならない。私に自由などない。そう自分に言い聞かせた。

王の死

それから間もなくして、王が倒れた。

姫は驚愕して枕元に駆け付けた。父の顔はむくんで真四角になり、少し前の面影すらない。そのとき頭に浮かんだのは間もなく訪れる「死」であった。
本復など思いもよらないほどの重篤な父の顔を見たあと、自室でひとり、声を殺して泣いた。王のいない国政。自分がなんとかせねばならないことは確かだ。
姫は結婚相手に能力のあることだけを一心に願った。
「わたしではダメなのだ。女のわたしでは……国政は男でなくてはうまくいかない」

数日後、王は帰らぬ人になり、葬儀ののち、入れ替わりに結婚相手の王子が入城した。

城

出逢い

やんごとない生まれの黒髪の王子は、兄がたくさんいた。自国の継承者からは程遠い序列であったから、気楽に暮らし、聖職者になるための勉学に励んでいた。それがまさかの他国の王として招へいされたので驚きであった。

考えたこともなかったことが起きた。しかし、このような幸運を手に入れたからには、死ぬほど努力して、素晴らしい王だと皆に思われねばならぬ。
どんな姫かは知らないが、世にも美しい女性だという噂である。王子にはそれが二重の喜びであった。他国に婿として入る自分の立場もあることだし、父王を失ったばかりの彼女には優しさと愛を示して、自分の人生を堂々と生きて行こうと希望に燃えていた。
なにしろ、生まれて初めて期待されたのである。だれにも期待されぬ寂しさを知る王子は、それでもだれかに認められたいと思って勉学に取り組んできた。学問では負けない自信もある。あとは実力を示すだけなのだ。

結婚式の当日。王子は舞い上がった。あまりの姫の美しさに。
逆に、姫は拍子抜けした。王子が普通の賢そうな男性であることに。見た目の欠点はない。背が高く、黒髪は肩に届き、グリーンの服がとてもよく似合う。まじめそうで誠実であろうと感じた。しかし、異性というだけで、夫婦として契る相手なのだと思っても現実味がなかった。

王子は結婚と同時に王になった。姫は王妃となった。
うまくいかねばならない関係を今日から築くのだ。お互い緊張して、緊張しすぎてうまくしゃべれない。
それでも二人っきりの夜はやってきた。ぎこちない始まりだった。

ボタンの掛け違い

若き王は、何も失敗していなかった。ぎこちない夜も、妻への優しさも彼なりに示したつもりであった。彼は妻をどうしようもなく愛してしまったらしい。たまらなく愛おしい。彼は平素の自分ではなくなった。
王妃も不満などなかった。夫を受け入れることはしたつもりだった。けれども、彼女には身を焦がす恋愛感情がなかった。まだこのときは。

お互い恥ずかしかった。どう接すればいいのかわからないという意味では2人は同類なのかもしれない。
2人が夜をともにしても、愛を語るには早すぎる気がして、王はぎこちない関係を飲み込んだ。毎夜妻は自分を受け入れている。もっと自分を好きになってほしいと願った。

少しして、王妃が少し体調を崩した。相手に対し障りがあってはいけないと気を遣って、その夜はお付きの者を通じて「体調がうんぬんのため」ひとり寝をする旨を夫に伝えた。
ただそれだけであったのに、夜を拒否されたと感じて王は激怒した。「何ゆえに!」その一言を喉の奥へ押し込めて爆発しそうになった。

彼は自分の何がいけないのか、拒否をされたのは男として好かれていないからなのかと血がたぎる思いで一晩中考えていた。

翌日、憤怒を隠しもしない王を見て、王妃は驚愕した。なぜ怒っているのかよくわからぬまま、また、夫への挨拶を無視されたことにショックを受け、言葉を失う。
「わたしは嫌われたらしい」それだけはよくわかった。

夜になった。王妃は窓から見える星空を眺めて逡巡していた。夫のもとへ行くべきと思っていたが、勇気がでなかった。あれだけ怒らせていては、自信がない。
それでも寝支度をして王のもとへ向かうと、王は不在だった。王妃は故意であることを感じ取って、自室へ戻り、ひとりで泣いた。

翌日、王妃に月のモノがやってきた。そういうわけで、数日ひとり寝をする旨が王に伝えられる。
王は今夜こそ穏やかに妻に接して、彼女を包み込もうと反省していたのに、「またなのか!」と胸が苦しくなった。
本当かもしれない。が、嘘だとしたら見え透いている。心の中で得体のしれない相手と角を突き合わす。

初めてのライバル

悶々としながら、王の政務がスタートした。初めてのことばかりであるが、自分の居場所を築かねばならない。やりがいを見出そうと思っていた。
が、早々に意外な方角から大砲を食らってしまう。
「恐れながら、王様。この件は家臣ではできぬ重要事項でございます。通常ですと、前王から引き継がれる内容なのですが、お隠れ遊ばしましたため、王妃から政務の説明をすることになります。後ほど王妃にもお越しいただく予定です」
(なんと?)
王妃は姫の時代から政務を代行し、取り仕切っていたことを告げられ、「王妃は立派な政治家でありました。が、これからは王がいらっしゃいますれば、王妃も『安心して政治をお任せすることができる。何の心配もない』とお喜びになって……」と笑顔の家臣らを見て、彼は血が逆流するような感覚になった。

その瞬間から王妃は王のライバルになった。
(わしは負けられぬ。学問では負けたことがない。秀才と言われたこの自分、女には、妻には絶対に負けられぬのだ)
王の心が荒れたのも無理はない。当時は女と言えば、結婚し子を生み、その教育に精を出すか、だれかと恋愛をする、つまり浮気をするかくらいしかやることがないとさえ言われていた時代なのだから。

王の心を何も知らぬ王妃が現れた。目に微笑みを浮かべ、ここ数日のことがなかったかのように温かく振舞おうとする姿であった。
彼女は自分なりに王の役に立ちたかった。それが妻たる自分の役目であるから、精いっぱいのことをしよう。嫌われたままでは嫌。この機会に相手に近づきたい…彼女にとってこのような感情は、恋や愛の一歩だったと言っていい。

とても丁寧に説明した。安心してほしかった。困ったことがあったら、自分がついているから大丈夫なのだ、と。

王は途中から面白くなさそうであった。
「もうよい、そんなことは説明されなくてもわかる」
つっけんどんな物言いに王妃は戸惑った。
家臣も凍り付いた。一の家臣が取り成す。「しかし、われらも知らぬことでありますれば、最後までお聞きしとうございます。学びの機会をお与えくださいますよう、お続けください、王妃」
「……ならば続けよ」そう命じられて、王妃は最後まで説明を続けた。

王が退出したあと、一の家臣が王妃とともに居残った。
顔を真っ赤にしてうつむいた王妃に家臣が声をかける。
「王はお若いのです。悪気はありますまい」
「もうやめたほうがいいのかもしれぬ。このような場は」
「それでは政務がおかしくなりまする」
「わたしは理解したのです。どうやら王のプライドを傷つけたらしい。妻に教わるなどと、面白いわけがあるまいに、わたしはそんなことも考えず……」
「確かにそうかもしれません。わたくしもそれに気づかず、うかつでございました。王はその秀才ぶりをかわれてここへ招へいされましたから、仕事では自信がおありだったのでしょう。侮られたと勘違いされたのかもしれませぬ」

この件で王妃はいろいろなことに気づいた。前王が亡くなって、多くの家臣は王妃に指示を仰ごうとした。そうした様子を新参者の王は面白くないと感じていたに違いない。思えば、家臣たちが迷っているのだ。だれがここを統べる指示者であるのかを。迷った挙句、彼らが王ではなく、王妃に尋ねる姿を見て傷ついているのだ。
そればかりではなく、自分にとって知らぬ人々の他所へ婿養子として入ってきているのだ。もっと気遣って居心地をよくしてあげなくてはならなかったのに、父を失った悲しみばかりにとらわれ、彼のことをないがしろにしたのかもしれない。

それにしても、男性はだれにも負けたくないという気持ちを抱く生き物だと思い知らされた。だれかにほめられたいと願う子どもなのだ。
(あぁ、父上が生きていてくれたら……)
王妃は途方に暮れた。

影絵2

星空を見て

別件でも、やはり王は王妃から教わることを潔しとしなかった。つまりは、仕事上では接点がつぶされたことになる。
仕方なく、王妃からこっそり政務を教わった一の家臣が王にあれこれ説明し、どうしてもうまくいかない場合は、王妃に相談したりと下々の者が密かに骨を折った。
王は生来の負けず嫌いと人一倍の努力によって、たいていのことは覚え、仕事に励んでいった。
王妃は「わたしは王を刺激したくない。それで失敗しても、受け入れねば。やがて成し遂げてくださろう」と王を遠くから見守る決心をしていた。

あるとき、王妃がこっそり執務室をのぞくと、王がもの凄い勢いで羽ペンを走らせていた。なんという努力家であろうか。胸がいっぱいになって、心の中で夫に手を合わせた。
彼の姿は王妃にとって理想の夫像に重なった。この国のために一生懸命働いてくれる。まさに自分が求めていた男性だ。
遠くから見ているだけの夫に尊敬と思慕の念が湧く。
極度の負けず嫌いで扱いが難しいとか、納得がいかねばすぐに興奮して怒り出すという点を除けば、家臣たちからも評価が高かった。
残念なことに、そうした関わり合いも、ぶつかり合いも、この夫婦にはなくなっていたのだが……。

日常生活においては、身の回りのことは下々の者の仕事である。王妃が夫の世話をすることはやはりない。
食事は、母親を交えて3人でするか、別々にとることがほとんどであった。
夜はあれ以来、互いに疎遠になった。
「おはようございます」と挨拶するだけの、よそよそしい関係が続いた。
母親も、家臣たちも、皆がおろおろとして、心配していたのである。

このような状態がいいわけがない。王妃は毎晩星空を見ていた。そして夫のことを思っていた。
いつもどきどきしながら王の前に立って挨拶をした。そして、お互いにもの言いたげな目で見つめあうばかりで、相手から話してくれることを期待した。
王も緊張しているのか、無言でこちらの表情をうかがっているようだった。結局、王妃が声をかけそこねていると、王はがっかりした顔をしてプイッとどこかへ行ってしまうのが常であった。
「そちらから話しかけるのが筋だろう」と言いたいようだった。
(どうやらわたしは夫を怒らせる達人らしい)
どうしたらいいのかわからぬまま、王妃はひとり寝を続けた。

その日も、王妃は窓際に立って星空を見ていた。
ふとだれかの視線を感じて、ドアの方へ振り向くと、王がこちらを見ていた。
王妃と王は静かに見つめあった。王は何か言いたげで、もの悲しそうにこちらを見ている。
王妃は王が訪ねて来てくれたことに驚いたのと同時に、うれしかった。そして、彼が何か言ってくれるのではと言葉を待った。
お互いに何かを待つ時間は、それほど長くはなかった。彼は王妃からの言葉を聞けないことに耐えられず、うつむき、寂しそうにどこかへ行ってしまったのだ。

(またやってしまった)
王妃は悔いたが、足が動かなかった。
たった一言が出ないために、貴重な機会が失われたのだ。

王妃は奇跡を星に願った。
(奇跡が起きて、どうか王と仲良くなれますように)

一方、王も神に祈った。
(神さま、仕事を一生懸命覚えて、王妃に誇れるような働きができる状態になったら、王妃は自分を見直してくれますよね? 「素晴らしいわ」とほめてくれますよね? そうしたら、どうか王妃とやり直すことができますようにお計らいください)

つまり、王も王妃も、自分では直接なにもしないで奇跡が起き、すべてが解決されることを願っていたのだ。自分はできないくせに、相手には求める。そんな傲慢な面を持っているのだろう。そして、ともに臆病なくせに、相手には求められたくて仕方がない愚かな人間なのだ。
彼らがもう少し大人になって考えることができれば、神のつぶやきが聞こえたかもしれない。
“第一歩は自分で行動するしかないのだよ。奇跡は、その一歩の後でしか起こさないのだ”……と。

 

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