城って住みやすいのか?

むかしお姫様願望のあった人もいると思うが、どうして西洋中世物語の中の王様一家はお城に住んでいたのだろう?

小さいころは、「王様はお城に住むもの」という簡単なイメージがあった。偉い人あるいはお金持ちだからお城に住むのだ、と。「お城は高貴な人が住む、居心地のいい住居」で、1つの城に住み続けるのだと私は勝手に想像していたのだ。
お姫様物語をフィクションとしてつくるぶんには、その解釈でよかったと思う。子どもの夢を壊さぬために。

シヨン城

見張り塔

部分的には間違っていない。が、「城とは【1】」で動乱の世に実力者たちが身を守るために籠った建物が城であり、山城も多かったという話をした。それだけ中世は危険と隣り合わせの時代であったということ。夜盗もあったろうし、戦争となれば、籠城する必要もある。
で、実際のところ、「城は住みにくかった」というのが本当のところらしい。快適さを犠牲にして、身を守ることを第一としたわけだ。

だから、中央集権化が進んで世の中が安定してきた16世紀以降、裕福な貴族らは、すかさず豪華で快適な大邸宅を建造した。どこにかというと、城壁の外、要塞じみた城の近くに、である。いざというときのために、そうしたのだろう。

今回は、豪華な邸宅風の城ではなく、いかにも中世といった趣の城生活について話を進めたい。
参考は、フィリップ・ディクソン著『騎士と城』と、私が旅行先で得たパネル等の情報、さらには文献などによる。

城の住人

中世の貴族は、いつも同じ城に住んでいたわけではないようだ。「シヨン城【4】」でフランス貴族サヴォワ家のこととして、広い領地の拠点を転々と、そのたびに大行列で引っ越しする…そんな旅生活であったと書いたが、ほかの領地でもそういう貴族も少なくなかったようだ。実は、これが一番意外だった。

『騎士と城』によると、1年を通して城の中に住んでいたのは、盗賊を警戒する門番と数人の兵士など、ほんの一握りの人たちだった。城代が普段城の防衛などを管理しており、城の中にも部屋はあったが、仕事は城外で、荘園の周りでしていた。

領主が滞在しているときは、城中が人であふれ、召使も含め200人300人の人々は城の中か近くの村や町に部屋を見つけなければならなかった。
上記のほかに、財産を管理し城の中のすべてがうまくいくように進めた家令、貴婦人のそばにいつも侍ってお世話をする侍女、礼拝堂つきの司祭、男性料理人、熟練の兵士、弓兵、馬丁、甲冑職人、医師を兼ねた理髪師、囚人など。

城には地下牢もあるが、閉じ込めた者の多くは、身代金を要求するための重要人物で、王さえもいたとか。こうなると、囚人といっても手厚くもてなされる存在だ。

シヨン城

中世の宴会シーン

この絵は、普段の食事というよりは、宴会シーンと思う。
領主と婦人、その横は娘だろうか? 城主一家が部屋の一番奥、台所から最も離れた主賓席に座り、身分の低い者が主賓から一番遠くなるように長テーブル・長椅子に座った。

席につくのは、城内で暮らす人々、客人、小作農、旅行者など。あまり分け隔てなく呼ばれたようだ。盛大であるほど立派な人だと考えられていた。宴会は家来に忠誠心を固めるために必要であったのだ。
肉料理を中心に、……

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中世ヨーロッパの城【1】

 

 

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