いわさきちひろ「子どもは全部が未来」

いわさきちひろは40年以上前に没した日本を代表するイラストレータであり、絵本画家である。

今もなお彼女の作品は世代を超えて愛されているのだが、彼女の絵には多くの懐かしさとほろ苦さがあるような気がする。

Chihiro Iwasaki

懐かしさはおわかりだろう。ちひろは素朴で柔らかなタッチで純真な子どもたちを好んで描いた。
そして、私が小学生の時代は、国語の教科書の表紙を飾っていたことを先日母に指摘され、改めてその親近感に納得がいった。「そうか、だから懐かしいんだ」と。

彼女の絵を見ると、「これは小さいころの自分に似てる」と思う。今となっては幻のような、“まっさらで汚れのない心”を持っていたあの頃の自分に。
私にとっては、下図の『赤い毛糸帽の女の子』が心の中にいる3歳の自分である。「いわさきちひろ展」を訪れてこの絵はがきが目に入った瞬間、「見つけた!」と思った。雪国育ちの私は、この絵はがきを素通りすることはできなかった。

いわさきちひろ

『赤い毛糸帽の女の子』

そういう感情を呼ひ起こされるのは、私だけではないらしい。どういうわけか、彼女の9,400点以上ある作品のなかに、大切な家族や過去の自分、友人たちを見出す人が多いようだ。

“永遠の少女”黒柳徹子女史がそのことを代弁してくれている。

『窓ぎわのトットちゃん』を書いたとき、あんまり私の文章とちひろさんの絵が合っているために、「(ちひろさんが)亡くなる前に少し描いていらしたのですか?」というお問い合わせがたくさんあったぐらいでした。すでに亡くなっていたのに。本当に、どの子も、私の学校にいた私の友達、そのままです。そして、その子どもたちは、あなたのお子さんや、お孫さん、そして子どもの頃のあなた自身や、お友達にそっくり、とお思いになりません? つまり、そのくらい、ちひろさんは、「子どもそのもの」を、お描きになったのです。

External Links>>私のなかに生きているちひろさん

Chihiro Iwasaki sheet stamps

記念切手

ほろ苦さ

ちひろが描く子どもたちは、皆かわいらしく、幸せそうである。

黒柳徹子女子はちひろ美術館・東京および安曇野ちひろ美術館の館長である。以前訪れた地方の「ちひろ展」で、「ちひろさん、あなたは一体いつ泣いていたのでしょう?」と冒頭にある館長からの挨拶文で天にいるちひろに問いかけていた。

意に沿わぬ結婚で中国大連へと赴き、夫の自殺によって2年で日本に戻っている。その3年後の1944年、女子義勇隊に同行し、書道の教師として中国東北部に渡ったものの、戦局の悪化により知人に保護され、わずか3カ月で帰国。翌年、空襲によって家を焼かれ、終戦をむかえている。青春時代を戦争に振り回されて過ごした。

戦後、松本善明氏と再婚し、絵の世界に入る決心をする。ちひろの絵のモデルはたいてい子どもたちで、「子どもは全部が未来」と言った。子どもは平和と未来の象徴であったのだ。

先述の挨拶文によると、松本善明氏は「彼女が泣いているところを見たことがない」のだそうだ。
同じ時代を過ごした黒柳徹子女子も、戦争によって学校を焼かれるなど、辛い子ども時代を過ごしている。であるがゆえに、作品からは翳りなどない平和的雰囲気のなか大愛そのものを感じ取り、日常は涙ひとつ見せぬと聞き及んで、「あなたはいつどこで泣いていたの? たったひとりでいつも泣いていたの?」と思わずにいられなかったのだろう。

私が個人的にほろ苦さを感じるのは、彼女の生い立ちを知るからというばかりではない。

ちひろの絵に幼き頃の自分を投影したとき、遠い過去に鍵をかけてきたはずの闇がそのときひょっこり思い出されるからなのだろう。
人はそれぞれ、過去に闇を持っている。それでも未来に向かって子ども時代を過ごし、闇をいちいち見つめ返すことなく大人になった。今と過去の自分を見比べて、ほろ苦くなっているらしい。

日本人の美的感覚“ボケ技法”

ちひろといえば子どもの絵だが、その中で珍しく大人を描いたのは、日本昔話かアンデルセン童話の挿絵くらいのもの。だから『鶴の恩返し』の挿絵は、ちひろ作品にしては珍しく日本の美を追求していると思う。

いわさきちひろつるのおんがえし彼女の絵のタッチは実に日本的。

彼女は瞳をくっきり描く以外、輪郭をはっきりさせず、インクのにじみと色の濃淡で人物を表現した。
そう、これはカメラ技法の “Bokeh (ボケ)” に通じる。”ボケ” はもとは日本語ながら、外国語でも「ボケ」という。レンズによって焦点の背景や手前のピントを外す撮影方法である。
もともと海外にはこの技術は不要だったようだが、日本のカメラレンズはボケ技術が秀逸で、カメラメーカーやカメラマンはボケの美を追求してきた。
ヨーロッパに行くと、キヤノンやニコンのカメラをぶら下げた人々ばかりであったことに驚いた。プロカメラマンに「なぜ日本のカメラメーカーが世界で人気なのか?」と尋ねたら、「値段の安さ。そしてボケが優れているから」と答えた。日本独特の美的感覚のひとつがボケなのだろう。

最近はパソコンを使って絵を描くことが多くなったせいか、手描きによるソフトフォーカス画風を最近の日本の絵本でほとんど見かけなくなったことが残念だ。
いわさきちひろは、ソフトフォーカスを用いつつ子どもたちを描いた。間違いなく、彼女は日本の美を西洋の水彩画に落とし込んだ天才であった。

水彩絵の具を駆使し、やわらかで清澄な、独特の色調を生み出したいわさきちひろ。西洋で発達した画材を用いながら、水をたっぷり使ったにじみやぼかし、大胆な筆使いを生かした描法などは、むしろ中国や日本の伝統的な水墨画に近い表現をみることができます。

External Links>>ちひろの技法について

さて、2017年、ちひろ美術館オープンから40年の節目を迎えるそうだ。

ちひろ美術館・東京、安曇野ちひろ美術館ともに館長は黒柳徹子氏。
公益財団法人いわさきちひろ記念事業団理事長は、映画監督の山田洋次氏。

すごい名が連なっている。

ちひろの絵は永遠だ。