ドイツ三大美城のひとつ、Burg Hohenzollern

ホーエンツォレルン城冊子

現地で販売されている冊子

ドイツ、とりわけ南ドイツを旅して誰もが実感すること。それは「そこかしこに古城がある」ということ。
城とひと口に言っても、打ち捨てられた廃墟から、皇帝の居城まで、多様な姿を見せてくれるのだが、そんな古城だらけのドイツにも”三大美城”というものがある。

1. ノイシュバンシュタイン城 (Schloss Neuschwanstein)

ドイツの古城といえばこれ! シンデレラ城のモデルとも言われている。
意外というか、実は2014年11月に姫路城と友好協定を結んでいる。姫路市の市長・石見利勝氏は、バイエルン州財務副大臣と協定書にサインしたとのこと。

2. エルツ城 (Brug Eltz)

ユーロが導入される前の最高額紙幣500マルク札にデザインされていたほど。ヘンゼルとグレーテルの世界のような印象。こちらの旅行記は下記を参照。
>>エルツ城

3. ホーエンツォレルン城 (Burg Hohenzollern)

ドイツ皇帝を輩出した名門貴族発祥の地。標高885mのケーゲル山頂に建つ。
External Link >> http://www.burg-hohenzollern.com/startpage.html

日本語ではそれらを「城」と呼んでも、あちらでは「ブルク: Burg」と「シュロス: Schloss」とに表現が分かれており、前者は騎士の城塞を指し、後者は王侯貴族の宮殿を指す。
ノイシュバンシュタイン城は、見るからにキラキラの貴族が住まう雰囲気の宮殿(シュロス)だし、ほかの2つは、戦う拠点という趣をひしひしと感じさせる砦だ。

ホーエンツォレルン城遠景

さて、本題のホーエンツォレルン城について。
ちっともきらびやかではないBrug…つまり城塞でありながら、不思議と絵になる城。
霧にけぶる日のこの城は、まさに”天空の城”。遠方から臨めば、円錐形の山のてっぺんに素晴らしいシルエットを見せてくれる。

下記はドイツ観光局のサイトで、ホーエンツォレルン城の日本語概要があり、ドイツ地図に城の位置が記されているなど、とてもわかりやすい。
External Link>> http://www.germany.travel/jp/towns-cities-culture/palaces-parks-gardens/eras-styles/neo-gothic-romanticism/hohenzollern-castle.html

建設当初のホーエンツォレルン城は「ドイツ中で最高の建物」とか「シュヴァーベン地方にあるすべての城の王冠」と当時の年代記に記されるほど、かなり美しい城であったようだが、当時どんな意匠であったのか、実際のところはわかっていない。というのも、頻繁に戦争があったので、破壊と再建を繰り返している。現在、第3の城である。
第1の城は、15世紀、兄弟間の相続争いとともに、周辺都市との争いに発展し、10カ月間の包囲の後、1423年に完全に破壊された。

>>包囲戦の逸話は ホーエンツォレルン城【2】を参照

そして、現代。プリンスとプリンセスといった由緒ある貴族によって管理される歴史建造物であり、またドイツ国民にとって特別な城と位置づけられている。
>>プリンスとプリンセスの話は ホーエンツォレルン城【4】を参照

ホーエンツォレルン家

ヴィルヘルム1世

ヴィルヘルム1世

何が特別か。
実際に旅行先でここの関係者であろう女性にうかがったところ、「ドイツで最も有名な城のうちのひとつ」だと答えた。
それもそのはずで、ホーエンツォレルン城の主、ホーエンツォレルン家は、プロイセン王、初代ドイツ皇帝を輩出した名門貴族で、家名を冠するホーエンツォレルン城のあるこの地から1000年の歴史が始まったということがまず挙げられる。
日本人の私たちでも「ホーエンツォレルン家」は、高校の世界史を勉強したときにその名が出てきて、耳にしているはずだ。

大きなくくりで見ると、19世紀までドイツは国ではなく、地域の諸侯が治める地域の集まり、“ドイツ地方”という位置づけでしかなかった。それが1つの国としてまとまったきっかけは、ナポレオンの侵攻を受け、普仏戦争においてこれを撃退し、初めて民族意識に目覚めてから。
その後、ドイツ帝国を樹立し、初代皇帝にホーエンツォレルン家のヴィルヘルムI世が即位。ここが注目されるのは、ドイツ建国の歴史と関わっているということなのだ。

ホーエンツォレルン城中庭

屋外カフェテリア。夏季のみのようだ。たまたま城関係者によるセレモニーが行われていたので、黒服の人々がいる。

ホーエンツォレルン城

数種類のビールから選べた。さすがドイツ。「どんなビールがいいの?」と聞いてくれたが、「スモールサイズ」と答えると、バーデン地方のロートハルス・ピルスが出てきた。

ホーエンツォレルン城のレストラン

ホーエンツォレルン城の場内レストラン。時間がなく、諦めたが、地元の料理を楽しめそうだった。

再建

冊子によると、19世紀、打ち捨てられたままのこの城を見た末裔が心を動かされ、財を投じて再建して今の形になったのだという。
そして、この城を管理する人たちは、ホーエンツォレルン家の貴族であり、今もプリンスのセレモニーなどがここで行われている。
以前、地震の被害があったときも、彼らは先祖伝来の地を守るため、私財を投じている。こうしたことを知れば、貴族も大変なのだなと思わずにいられない。

歴史建造物は、「気付けばそこにある」というものばかりではない。破壊されても、それを元の形に戻そうとするドイツ人としてのスピリットがなければ、歴史を残すという結果につながっていないはずなのだ。
モノが残ることによって、人々の心がそこへ向く機会を幾度となく提供している。
私はそこに感動する。

ホーエンツォレルン城中庭から


黒い森

公共機関でのアクセス

最寄り駅は、ドイツ国鉄(ドイチェバーン:DB) のヘッヒンゲン駅(Hechingen)
External Link >> DBサイト で駅名を入れ、検索。

画面左側の行き先欄 [to station…] で [ Burg Hohenzollern,Hechingen] をコピー&ペーストして入力し、日付など必要事項を入れてSeachボタンを押せば、城までのルートが表示される。
入力は、駅名でなくて、城の名前でOKで、そうすると、バスルートまで教えてくれる。
(下図では、Stuttgart Hbf=シュトゥッツガルト中央駅を例に)

DBサイトの見方

DBサイトの見方

いくつかの時刻を提示しているので、目的の欄の左端オレンジの [ >] を押せば、プラットフォームや乗継時間など、詳細が表示されるので、プリントアウトしていくことをオススメする。
DBサイトは親切なので、バスの乗り換え、[Show map] ボタンを押せばルート入りの地図まで見ることができる。

ヘッヒンゲン駅からバスに乗って約25分で麓に到着。シャトルバスに乗るか歩いて入城する。

この山城に登り、山のてっぺんから見下ろせば、遠くに黒い森が見える。

ホーエンツォレルン城を訪れるなら、オススメしたいのがテュービンゲンという都市。
詳細は >> ネッカー河畔テュービンゲンで楽しむ大人のドイツ

 

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